オリンピックとピクトグラムの歴史|東京1964から東京2020まで受け継がれた「伝わるデザイン」

解説

オリンピックを見ていると、競技名を読まなくても「これは陸上だ」「これは水泳だ」「これは体操だ」と直感的にわかるマークを目にします。

走る人。
泳ぐ人。
ラケットを構える人。
ボールを扱う人。

これらのシンプルな図記号が、オリンピックのピクトグラムです。

ピクトグラムは、ただの飾りではありません。
世界中から人が集まるオリンピックにおいて、言語の違いを越えて情報を伝えるための、非常に重要な視覚システムです。

特に印象的だったのは、東京2020の開会式で披露された「動くピクトグラム」のパフォーマンスです。

もし2020年当時、一人の視聴者として自宅のテレビの前であの演出を見ていたとしたら、最初は「何が始まったんだろう」と思ったはずです。
しかし、次々と競技のポーズが切り替わり、身体の動きだけで競技が伝わっていく様子を見るうちに、ピクトグラムが単なるマークではなく、「世界中の人が共有できる言語」なのだと実感したのではないでしょうか。

この記事では、オリンピックとピクトグラムの歴史を、東京1964、ミュンヘン1972、東京2020、そしてパリ2024までの流れに沿って解説します。

東京1964で使用されたオリンピック競技ピクトグラム
東京1964で使われたスポーツピクトグラム。言語に頼らず競技を伝える視覚システムとして、その後のオリンピックデザインにも大きな影響を与えた。
画像出典:Wikimedia Commons「Tokyo 1964 (olympiic pictograms) (cropped).jpg」/ CC BY 2.0

ピクトグラムとは何か

ピクトグラムとは、情報や意味を絵記号で表したものです。

トイレ、非常口、エレベーター、空港、駅、案内所など、私たちの身の回りにも多くのピクトグラムがあります。

ピクトグラムの特徴は、文字に依存せず、視覚的に意味を伝えられることです。

たとえば、非常口のマークを見たとき、多くの人は文字を読まなくても「出口」「避難方向」「逃げる場所」といった意味を理解できます。

このような視覚的な伝達手段は、国籍や言語が異なる人が同じ空間を利用する場面で特に重要です。

オリンピックは、その代表的な場面です。

開催国の言葉を読めない人もいる。
英語が得意でない人もいる。
会場内では、短時間で正しい方向に移動しなければならない。
観客、選手、スタッフ、報道関係者が同じ空間を使う。

こうした状況では、文字による案内だけでは不十分です。

そこで、ピクトグラムが大きな役割を果たします。

オリンピックでピクトグラムが必要とされた理由

オリンピックは、非常に複雑な情報環境です。

複数の競技が同時並行で行われ、会場も分散しています。
観客はチケットを持って会場に向かい、入口を探し、座席を確認し、トイレや案内所、救護所などを利用します。
選手や関係者は、競技会場、練習場、選手村、メディア施設などを移動します。

このような場面で求められるのは、「説明を読ませるデザイン」ではなく、「見た瞬間に理解できるデザイン」です。

専門的に言えば、ピクトグラムは以下の3つの役割を持ちます。

・識別:それが何を表しているのかを瞬時に判断させる
・誘導:人を正しい場所や行動へ導く
・統一:大会全体のビジュアルイメージを整える

オリンピックのピクトグラムが面白いのは、単なる案内サインではなく、大会全体のブランドや文化性とも結びついている点です。

つまり、オリンピックのピクトグラムには、次の2つを同時に満たすことが求められます。

・誰にでも意味が伝わる機能性
・その大会らしさを表すデザイン性

この両立が、オリンピック・ピクトグラムの難しさであり、面白さでもあります。

東京1964:ピクトグラムが国際的な視覚言語になった大会

オリンピックのピクトグラム史を語るうえで、1964年の東京オリンピックは非常に重要です。

東京1964は、アジアで初めて開催されたオリンピックでした。
当時の日本に、世界中から多くの選手・観客・関係者が訪れました。

そこで課題になったのが、言語の壁です。

日本語を読めない人に、競技や施設の情報をどう伝えるのか。
英語だけで十分なのか。
案内表示を多言語化すればするほど、かえって見づらくならないか。

この課題に対する答えのひとつが、体系化されたピクトグラムでした。

東京1964では、20種類のスポーツピクトグラムと、電話・救護・銀行・トイレなどを示す39種類の案内用ピクトグラムが制作されました。アートディレクションは勝見勝、デザインには山下芳郎らが関わったとされています。

東京1964のピクトグラムが画期的だったのは、競技を単にイラスト化したのではなく、情報を伝えるために徹底的に要素を削ぎ落とした点です。

陸上であれば走る姿勢。
水泳であれば水面と身体の動き。
バスケットボールであればボールと選手の関係。

それぞれの競技を象徴する動作だけを残し、余計なディテールを省くことで、遠くから見ても、小さく表示されても、意味が伝わるように設計されています。

これは、現在のアイコンデザインにも通じる考え方です。

良いピクトグラムは、情報量が多いから伝わるのではありません。
必要な情報だけが残っているから、伝わるのです。

東京1964のピクトグラムが専門的に優れていた点

東京1964のピクトグラムには、専門的に見ても重要な特徴があります。

まず、競技の「道具」ではなく、「身体の動き」を重視している点です。

たとえば、単にボールやラケットだけを描くのではなく、人の姿勢や動作を組み合わせることで、その競技らしさを表現しています。

これは、オリンピック競技を表すうえで非常に重要です。
なぜなら、競技の本質は道具そのものではなく、選手の動きにあるからです。

次に、シルエットとして成立している点です。

ピクトグラムは、細かい線や装飾に頼りすぎると、小さく表示されたときに読めなくなります。東京1964のピクトグラムは、黒い形として見たときにも競技が識別しやすいように作られています。

さらに、個々のアイコンだけでなく、全体として一定の統一感があります。

ピクトグラムは、1つだけ美しくても不十分です。
複数並んだときに、同じ世界観に見えることが重要です。

この「単体のわかりやすさ」と「全体の統一感」の両立こそ、東京1964のピクトグラムが歴史的に評価される理由です。

ミュンヘン1972:ピクトグラムがデザインシステムへ進化した

東京1964で大きく発展したピクトグラムは、1972年のミュンヘンオリンピックでさらに洗練されました。

ミュンヘン1972のピクトグラムは、オトル・アイヒャーらによって制作されました。アイヒャーは、ウルム造形大学の共同創設者の一人であり、ルフトハンザやブラウンなどのブランドデザインにも関わった、20世紀を代表するグラフィックデザイナーの一人です。

ミュンヘン1972のピクトグラムの特徴は、グリッドに基づく徹底したシステム性です。

人の身体、腕、脚、道具の角度などが一定のルールに沿って構成され、各競技のピクトグラムが同じデザイン文法で作られています。東京1964がピクトグラムの有効性を示した大会だとすれば、ミュンヘン1972はそれをより厳密なデザインシステムとして発展させた大会と言えます。

ここで重要なのは、ピクトグラムが「絵」ではなく「システム」になったことです。

絵として描くのであれば、競技ごとに自由に表現できます。
しかし、システムとして設計する場合は、すべてのアイコンに共通するルールが必要です。

角度。
線の太さ。
余白。
身体の比率。
動きの方向。
黒と白のバランス。

こうしたルールを整えることで、複数のピクトグラムを並べたときに、ひとつのビジュアル言語として成立します。

これは、現代のWebサイトやPowerPoint資料でアイコンを使うときにも同じです。

異なるテイストのアイコンを寄せ集めると、資料全体が雑に見えます。
一方、同じルールで作られたアイコンを使うと、情報が整理され、デザインに一貫性が生まれます。

東京2020:ピクトグラムが「動き」として記憶された大会

そして、東京2020です。

東京2020のスポーツピクトグラムは、グラフィックデザイナーの廣村正彰氏によって制作されました。公式発表では、各競技の特徴やアスリートの躍動感を表現し、選手や観客の体験を高める役割を担うものとして紹介されています。

東京2020のピクトグラムは、東京1964への敬意を持ちながら、より現代的な動きを加えたデザインでした。

東京1964のピクトグラムが、競技を「識別する」ための視覚言語だったとすれば、東京2020のピクトグラムは、競技の「動き」や「身体性」をより強く感じさせるものでした。

そして、多くの人の記憶に残ったのが、開会式のピクトグラム・パフォーマンスです。

もし2020年当時、自宅で開会式を見ていたとしたら、あの演出はかなり異質に感じたはずです。

派手なCGや大規模な舞台装置ではなく、青と白の衣装を着た人が、身体を使って次々と競技ピクトグラムを再現していく。
最初は少し戸惑いながらも、競技が切り替わるたびに「あ、今のは卓球だ」「これはフェンシングだ」「次は自転車か」と自然に理解してしまう。

その瞬間、ピクトグラムの本質がよくわかります。

ピクトグラムは、文字を置き換えるだけのマークではありません。
人間の身体の動きや記憶と結びついた、非常に強いコミュニケーション手段なのです。

特に印象的なのは、あのパフォーマンスが「説明なしでも成立していた」ことです。

もちろん、すべての競技を完璧に理解できたわけではないかもしれません。
しかし、視聴者は自然に推測し、反応し、楽しむことができました。

これは、ピクトグラムが持つ「余白」の力でもあります。

すべてを説明しきるのではなく、見る人の認識や経験と結びついて意味が完成する。
そこに、ピクトグラムの面白さがあります。

東京2020を通じて感じた、ピクトグラムの現代的な価値

東京2020の開会式を一人の視聴者として見ていたと想像すると、ピクトグラムに対する見方は少し変わります。

それまでは、ピクトグラムというと、駅や空港にある実用的な案内表示のイメージが強かったかもしれません。

しかし、東京2020では、ピクトグラムが人を楽しませる演出になりました。

これは非常に大きな変化です。

従来のピクトグラムは、主に「迷わないため」「間違えないため」に使われてきました。
一方で東京2020では、ピクトグラムが「共有体験を生むため」にも使われました。

視聴者が同じ画面を見て、同じタイミングで競技を当てる。
SNSで「あのピクトグラムの演出が面白かった」と話題にする。
子どもから大人まで、言葉を越えて楽しめる。

この体験は、ピクトグラムが単なる情報伝達の道具にとどまらず、文化的なコンテンツにもなり得ることを示しました。

ここに、東京2020のピクトグラムの現代的な意味があります。

パリ2024:わかりやすさから「象徴性」へ

パリ2024では、ピクトグラムの方向性がさらに変化しました。

パリ2024のピクトグラムは、単なる競技の記号ではなく、「badge of honour」、つまり名誉のバッジとして発表されました。公式発表では、競技だけでなく、そのスポーツに関わるコミュニティや価値観、誇りを表すものとして説明されています。

これは、従来のピクトグラムとはかなり異なる考え方です。

東京1964やミュンヘン1972のピクトグラムは、基本的に「見た瞬間に競技を識別できること」を重視していました。
一方で、パリ2024のピクトグラムは、より紋章的で、装飾的で、象徴性の強いデザインです。

この方向性には魅力があります。
大会の世界観や美意識を強く打ち出せるからです。

一方で、ピクトグラム本来の「直感的に意味が伝わる」という機能から見ると、やや難解に感じられる面もあります。

ここには、ピクトグラムデザインの根本的なジレンマがあります。

わかりやすさを重視すれば、シンプルになる。
独自性を重視すれば、複雑になる。
機能に寄せれば、記号になる。
表現に寄せれば、紋章やアートに近づく。

どちらが正しいというより、ピクトグラムには常にこのバランスが求められます。

オリンピックのピクトグラム史から学べること

オリンピックのピクトグラム史を振り返ると、時代ごとに役割が変化していることがわかります。

東京1964では、言語の壁を越えるための実用的な視覚言語として発展しました。
ミュンヘン1972では、グリッドに基づくデザインシステムとして洗練されました。
東京2020では、動きとパフォーマンスによって記憶に残る体験になりました。
パリ2024では、競技コミュニティの象徴として再解釈されました。

この流れを見ると、ピクトグラムは単なる「小さなアイコン」ではないことがわかります。

ピクトグラムは、情報設計であり、ブランドデザインであり、時には文化的な表現でもあります。

ただし、どれだけ時代が変わっても、根本にある目的は変わりません。

それは、情報をわかりやすく伝えることです。

ビジネス資料やWebサイトにも活かせる視点

オリンピックのピクトグラムは、大規模な国際イベントのために作られたものです。

しかし、その考え方は、日常の資料作成やWebサイト制作にもそのまま応用できます。

たとえば、PowerPoint資料でアイコンを使うとき、単に空白を埋めるために置いてしまうことがあります。

しかし、本来のピクトグラムの役割を考えるなら、アイコンは装飾ではありません。
情報の構造をわかりやすくするための道具です。

資料であれば、次のような場面で効果があります。

・章の切り替わりをわかりやすくする
・複数の選択肢を視覚的に比較する
・業務フローの流れを示す
・重要なポイントに視線を誘導する
・文章だけでは伝わりにくい概念を補助する

Webサイトでも同じです。

サービスの特徴、料金、導入手順、FAQ、問い合わせ導線などにピクトグラムを使うと、読者はページ構造を理解しやすくなります。

ただし、アイコンを使う際には注意も必要です。

テイストがバラバラなアイコンを混ぜると、全体の印象は弱くなります。
意味が曖昧なアイコンを使うと、かえって読者を迷わせます。
装飾として使いすぎると、情報の優先順位がわかりにくくなります。

オリンピックのピクトグラム史から学ぶべきなのは、アイコンを「見た目をよくする飾り」としてではなく、「情報を整理して伝える設計要素」として扱うことです。

まとめ:ピクトグラムは、情報を人に近づけるデザイン

オリンピックとピクトグラムの歴史は、視覚デザインがどのように人の理解を助けてきたかを示す歴史でもあります。

東京1964では、言葉の壁を越えるために、体系的なピクトグラムが整備されました。
ミュンヘン1972では、ピクトグラムが緻密なデザインシステムとして発展しました。
東京2020では、ピクトグラムが身体表現と結びつき、世界中の人が共有できる体験になりました。
パリ2024では、ピクトグラムが競技の象徴やコミュニティの誇りを表す存在として再解釈されました。

もし東京2020の開会式を一人の視聴者として見ていたなら、ピクトグラムは単なる案内表示ではなく、人を驚かせ、楽しませ、記憶に残る表現になり得るのだと感じたはずです。

ピクトグラムは、小さな記号です。
しかし、その役割は決して小さくありません。

言葉が違っても、意味を共有できる。
説明が長くならなくても、直感的に伝えられる。
情報を整理し、人に近づけることができる。

それが、ピクトグラムの本質です。

資料作成やWebサイト制作でも、ピクトグラムを上手に使えば、読み手にとってわかりやすい情報設計ができます。

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